真備も総社も倉敷もスーパーから食料品が消えた
倉敷被災・伊東香織市長の憔悴と不安
倉敷市 冠水で1千人超孤立か
7/8(日) 12:49 掲載
倉敷で1000人以上孤立か 被害の全容いまだつかめず
市長は、憔悴しきった表情で会見した。いまだ、救助されない千人以上の市民が残されている。がんばれと言う他、言葉が見当たらない。
〈ケイちゃん十九歳・北海道の夏〉
日高の牧場へ着くと、おばちゃんが、
「まあ、ケイちゃん。
久しぶり‼
十九歳になったかね。
めんこいなあ。」
と、言った。
それから、おばちゃんに連れられて、北海道中を車で回った。
札幌と十勝にケイちゃんの父の兄弟がいたのでそこにも立ち寄った。
おじさんたちには、
「めんこいなあ。」
と言われた。
いとこたちにも、
「めんこいなあ。」
と言われた。
(そうか、私はめんこいのか?)
とケイちゃんは思った。
北海道を離れる日におばちゃんに「めんこい」の意味を聞いた。
「そりゃあ、『かわいい』と言う意味だべさ。」
(なんだ。私は誉められていたのか。)
ケイちゃんは初めて「めんこい」の意味を知った。
今週のお題「おとうさん」〈父の最期の様子を確かめてからたまたま見たテレビドラマ〉
日曜劇場の第1回、第2回放送分を見た。
私事で恐縮だが、第1回は期せずして、父の通夜のあとに見た。第2回は初七日の法要を終えてから見た。もちろん、このドラマだけではなく、病院の個室では父の顔も見た。
担当医師はボクが東京から到着する夜まで待っていてくれた。勤務時間外だろうに、ボクに父の最期の様子を説明するために待っていてくれたのだ。そして、遺体が病院の外で待っている葬儀社の車に乗せられ発車するまで見送ってくれた。その病院のマニュアルなのか、そういうケースに於けるそのドクターだけのルーティンなのか分からない。しかし、心から有難いと思った。
さて、そんな中で見たテレビが、たまたま日曜劇場だったわけだ。本作は硬派医療ドラマとしては傑作といえよう。――
父への思いがこのドラマのイメージとシンクロして、ボクは父を失った悲しみやこれから始まる責任の重さを、一時でも忘れて夢の世界に没頭することができた。