達人の言葉⑥<アインシュタイン>

「同じ実験を繰り返して、違う結果を求めるのは狂気」

達人の言葉⑤<矢沢永吉>

「てめえの人生だから、てめえで落とし前つけろ‼」

純烈<スターライト札幌>と裕二郎のバック・スピンキック

ふたご座で移り気な人だと知りながら気が付けば来てました。貴方の北国へ。で始まるこの曲。女心の切なさを歌ったお約束のムード歌謡曲だ。純烈が、他のムード歌謡グループと一線を画するのは、けっこう激しい振りのついたdanceをしながら歌うからだ。曲終わ…

むかし、ツィッターで笑った話

「クララ。まず、その拳銃をおろしなさい。」

達人の言葉〈中車〉

ボクは、今、遅れてやって来たこの船に乗らない訳にはいかない。 取りあえず、この船で向こう岸まで行かなければ、ボクの人生は何も始まらないのだ。

歌謡コーラスグループ「純烈」で一番喧嘩が強いのは誰だろう

一番強いのは文句なく白川裕二郎さんだ。神奈川の高校柔道チャンピオンであり、朝日山部屋で序二段まで行った力士であったことから間違いなく、強い。42歳の本厄だが、今も鍛え続けている。リーダーの酒井一圭さんが5年間、プロレスMUSCLEに参加してい…

< 力道山先見の明 >

アメリカでテレビジョンを見た時に力道山が考えたこと 。 まず、テレビジョンの伝播能力、広告価値の高さに着目した。 そして、自分の得意領域は格闘技で、それをアメリカのプロレスに倣い、日本人に受けるようにどのような興行形態をとればよいのか。 その…

< 止ん事無い姫君の御婚約者が住んでいた東横線某駅 >

然る止ん事無い姫君の御婚約者が住んでいたという東横線の○○駅に行って来た。学生が多い。平日の昼間、巣鴨ほどじゃあないけど、お年を召した方も結構、いる。この街に御婚約者がいたのだ。「遺産分割協議書強要作成」、「遺族年金不正受給」などと言う言葉…

<純烈>裏話 ・ チーフマネージャー

本来、裏方さんなのだが、山本さんの露出が目立ち始めた。意識的にリーダーの酒井一圭さんが口にするものだから、人気者になってしまっている。ボクは、地方のステージが開催された時、メンバーよりもチーフマネージャーの山本さんの方に興味があって探して…

元・純烈林田達也さんの復帰の可能性について

林田達也さんの復帰を望むファンも多いと聞くが、ボクは可能性は低いと思う。もちろん彼は好青年であることには違いない。けれど、彼には彼の生活がある。純烈を卒業したのは二年前になる。理由は両親のサポートだったし、聞けばあばあちゃんもご健在だった…

元純烈の友井雄亮さんの思い出

不幸な出来事についてはボクはうかつに言えない。真実を知らない。だから、語る資格はない。週刊誌の記者が友井さんに路上でインタビューを仕掛けた動画を見た。あれはとてもインタビューといえた代物ではないのだが。週刊誌の記者らしき人が、不意打ちとも…

純烈・経営者としての酒井一圭さん

苦節十一年の末、昭和歌謡ムードコーラスグループとしての自分のチームの大命題、「夢は紅白、親孝行」を遂に果たした「純烈」のプロデューサー兼リーダーの酒井一圭さんの経営能力について検証してみる。友井雄亮さんの事件後のプレスとの会見場に於いて、…

純烈の小田井涼平さんのショウセンスについて

国電中野駅北口に中野ブロードウェイという町があった。その商店街が好きで大学生だったボクはその界隈をうろついたものだった。ブロードウェイというアメリカン・セレブティーな名前に反して、ごくごく庶民的な街というか通りであった。何年か前に、「ブロ…

荒木一郎さんについて

四たび「回り舞台の上で」を読んでみたら 去年家の女を歯科医に連れて行った時にロビーで読んで以来、また、また、また、また、読み返してみた面白いひとには伝わらないかも知れないけれどそれでいい家の女は荒木一郎さんの映像を見て野坂昭如と言ったくらい…

純烈の後上翔太さんの母校に行って来た

地下鉄神楽坂を降りて坂下まで十分くらい歩き、お堀端を法政大学の高層ビルを左手に見て歩くと、すぐ右手に東京理科大学のキャンパスが見える。ここにりかちゃんが通っていたと思うと感慨無量だ。ボクは後上翔太君をりかちゃんと呼んでいる。勝手に。 彼が東…

銀行員受難の時代〈悔い無き人生を送りたい〉

銀行員が大量に自主退職しているらしい。公務員並みに雇用と賃金が安定しているんじゃないかと思って入社して今のような扱いを受けるようじゃ、銀行員もやってられんと、退職していくのはわかるような気がする。ボクなんかバカだから、同期入社のやつらとよ…

ディック・ベイヤーが逝った〈リングネームをザ・スーパー・インテリジェント・デストロイヤーとかなんとか〉

88歳だったそうだ。 力道山が最後に戦った相手だった。 最後に戦ったのはリチャード・ベイヤー氏で、 最期に喧嘩した相手は村田勝志氏だった。 力道山が逝ってから56年くらいしてから、ディックは死んだことになる。 また、ひとつの時代が終わり、昭和のヒー…

区の税務署に行って来た

せがれが、委任状を書いてボクを区の税務署に行って来てくれと言う。しかたないから行って来た。税務署は、簡単に済ませたいから、委任状なんか出さなくても気にも止めない。生年月日なんか見ないから、目の前の男が老人でも、若いもんでも、気にもしない。…

ボクの東京風景①渋谷の松濤

むかし、力道山の家があった辺りだ。 そう言えば、去年、モデルの写真を撮っているカメラマンや助手の一団を見かけたのも、松濤のこの辺りだった。 田舎じゃ、決して見られない東京風景だ。つまり、高級住宅街。セレブの町。

少林寺拳法の思い出

少林寺拳法は、戦後、中野道臣先生(宗道臣)が始められたもので歴史は浅い。 と言っても開祖以来七十年以上経っている。 少林寺の町に生まれたのに拳法を習わなかったボクは後悔している。少林寺拳法にまつわる思い出は断片的なものしかない。子供の頃、少林…

〈「純烈」の白川裕二郎さんが朝日山部屋の力士だった頃 〉

白川裕二郎さんは子供のころから真面目な人だったみたいだ。 母子家庭だが、亡き父を尊敬し、教師だった母上と、姉上に何時も感謝の気持ちを忘れない。 母に紅白出場を電話で報告したら、母は新手のオレオレ詐欺と思い、すぐに電話を切ってしまった。 リード…

確定申告が終わったけれど

しんどかった 毎年いやだ あとから調査が来ないかと心配だ 国税庁はいつまでもこんなシステムで良いと思っているのだろうか 国税庁のシステム相談センターへ電話したら、 有料電話のくせに、まったく説明ができない男が電話に出て来て こちらの質問に全く答…

講道館浅見三平八段(当時)の話

ボクは、浅見先生について大きな勘違いをしていた。ひとつは、浅見道場は杉並ではなくて中野弥生町にあったらしいのだ。なにしろ、学生寮が十貫坂上にあって歩いて五分、鍋屋横丁からは、中野弥生町も、杉並との区の境もすごく近かったのだ。 もうひとつは、…

心臓僧帽弁膜症手術をなめていた医師

最初の手術は10月15日。 七時間かかったらしい。 全身麻酔で寝ていたボクには記憶がない。集中治療室で目覚めると異常に喉が乾いた。 まだ、水は飲めない。 氷の小さな欠片を一個、口に入れてもらう。 それが実にうまい。 それにもまして命が助かったという…

講道館の浅見先生について

ボクは杉並の浅見先生の道場にしばらく通っていた 先生は時々昔話をしてくださった 四国出身の強い男がかつて浅見道場に通っていた ある時、警察から連絡があり呼ばれた その弟子がトラックの運転手と喧嘩をしたと聞かされた 身元引受人が必要だが親は四国に…

48・11・5白昼の惨劇〈アントニオ猪木〉

11・5新宿伊勢丹前事件と言うと、コアなプロレスファンでなくても、「ああ、あれか。」と、すぐに思い当たる人はいるはずだ。ボクがその事件の第一報を聞いたのは、後輩の口からだった。新宿伊勢丹前で、偶然、猪木夫妻と遭遇した数名の外国人レスラーのうち…

パク・ヨンハの死を悼む

神戸サンテレビの冬のソナタが月曜日で最終回を向かえる。 劇中、サンヒョクを演じたパク・ヨンハの事を思いだしてしまった。 日本では、サンヒョク役と同じくらい歌手としての才能の方が有名だが。自殺は、誠に痛ましい。韓流ドラマのファンじゃなくても、…

戦艦大和の機関士

ボクは大阪で働いていた頃、さる内航貨物船会社の社長と知り合った。名前は、大和さんと言った。若い時、戦艦大和に機関士として乗っていた。大和が米軍機の集中攻撃を浴びて撃沈された時の海戦で命が助かったが二千数百名の上官・戦友が戦死してしまったこ…

同期が過労死した〈 ボクが宅建を取った訳 〉

同期が過労死した。まだ、29歳だった。大学ではラグビー部にいた。人一倍頑丈な身体をしていたはずの男がなんで、こんな目に合うのだ。 結婚して数年で、女の子と男の子が一人ずついた。訃報の少し前に、同じように幼子を連れた彼の家族とボクの家族が偶然…

弟が闇金借りてた‼

身内が、サラ金で借りて返せなくて闇金に手を出した。闇金の督促は凄まじいもので「お前とこのガキをさらうぞ‼」、「内臓を売れ‼」などと、電話で脅す。ボクも、テレビでは見たことあるが、身内に闇金に借り入れして脅されるようなのバカな奴がいるとは思わ…