「なんだろう?この犬は、水が好きなの?」
問いかける川井さんの御主人にボクは言った。
 
「この子は赤ちゃん犬の時、お宅の奥さんに撫でてもらったことをいつまでも覚えていて、お宅の前では奥さんがいないか、いつもお座りして待つんです。」
 
「おーい‼お客さんが待っとるぞー。」ご主人は、奥さんを呼びに行った。
 
「そうかい。そうかい。私を待っていてくれたんかい。」
奥 さんは嬉しそうに言いながら奥から出て来た。エルの頭と喉元を両手で包んで愛おしそうに優しくなでてくれた。エルは、しっぽを振りながらずーとっ目を細めていた。
 
 
エルは十何年も前に病気で亡くなった。今でもボクは川井さんちの前を通るたび、一人娘のエルのことを思い出す。
家内に言うと必ず泣くから、この思い出は彼女には内緒だ。