「マライの虎ハリマオ」と「怪傑ハリマオ」〈谷豊の真実〉

海軍中尉谷豊がハリマオの正体であるなどと言うのは戦時中の軍部の捏造に近い。日本人青年谷豊は、亡き家族へマレーの人々が尽くしてくれた数々の恩義に報いるため、マレーを植民地支配しようとしたUK(ユナイテッド・キングダム、大英帝国)の軍隊とその手先となり、専横の限りを尽くした軍属を、ハリマオ配下3000人とともに各地で襲撃し、金品を強奪し、それらを貧しいマレーの人々に還元した。

折しも、南アジア侵攻作戦中の日本軍は、UK掃討、マレー支配の野望に燃え、これ幸いと同胞谷豊に対して諜報機関を通じ、共闘を持ちかけるが、谷も馬鹿ではない。UKの支配に日本が取って替わるだけ話で、マレーの人々に取って何の救いもない。日本軍の誘いをはねつけるが、日本軍は海軍中尉谷豊像を作り上げた。

戦前の国策映画に「マライの虎」と言うのがある。映画の冒頭に「ハリマンとはマライ語で虎を意味する」と言うスーパーが出る。そして、戦後のテレビ映画「怪傑ハリマオ」のオープニング・テーマそっくりの音楽が始まる。歌詞は「ハリマン、ハリマン、マライの虎」と続く。 
物語は、長身の日本人俳優扮するイギリスの軍属がこれまた日本人俳優扮する身体中に墨を塗ったマレー人を車で跳ねて死なせる。跳ねられたマレー人の親族が路上に飛び出し、遺体にすがり泣き叫ぶ。イギリス人の軍属は足で遺体を蹴飛ばし、紙入れから紙幣を抜き取り遺体に投げつける。
そこへ、マレー服を身にまとった谷豊が登場する。後ろには、ハリマンの配下のマレー青年達がずらりと控えている。谷は軍属を殴り倒し、札入れごと金を奪い遺族に渡す。英人達は車で逃走する。マレーの群衆はやんやの拍手喝采。 
このあとUK軍とハリマン達の戦闘になり、負け戦になりかけたところに我が正義の大日本帝国軍が応援に駆けつけ、マレーのハリマンのピンチを救う。まさに、典型的な国策映画である。

戦後、谷豊の物語は「怪傑ハリマオ」として復活する。このテレビドラマは子ども向けだったが、テーマソングだけは国策映画の模倣となった。七五調、2拍子の軍歌っぽい。

「真っ赤な太陽。燃えている。果てない南の大空に、とどろき渡る雄叫びは正しい者に味方する。ハリマオ、ハリマオ、ぼくらのハリマオ。」
歌手が三波春夫では甘過ぎる。村田英雄じゃあ軍歌っぽい。歌い手はやはり三橋美智也でなければならない。「ハリマオの歌」から軍歌イメージを削減させたのは三橋美智也の功績と言える。

テレビドラマ「怪傑ハリマオ」の最終回でハリマオがサングラスとターバンを外して「自分は日本海軍中尉谷豊であります。」と言うくだりは「怪傑ハリマオ」が、国策映画「マライの虎」を焼き写した弊害である。
 
現実の谷豊はUKとの戦闘で胸に銃弾を受け重体となり、救援に駆けつけた日本軍の諜報員に対して「自分はマライ人として死んで行く。墓石、戒名は後免こうむる。」と語った。斯くして、谷豊はマレーの人々の心には「マライの虎ハリマオ」として、日本人には「怪傑ハリマオ」として生き続けている。