『日大闘争』これは事実である

『日大闘争』これは事実である。私は当時も現在もただの傍観者で、日大のOBでも職員でもましてや警察関係者でもないが、この事実に基づいて断言できることは68年からの『日大闘争』においても、今回の日大アメフト事件においても、言えることは『金と権力に汚れた醜い大人たちの手前勝手な理由で若者たちを潰してしまった悲劇』だと言う事である。

 

繰り返すが、ただの傍観者である私がなぜ、そこまでこだわるのかと言えば、68年からの『日大闘争』の渦中で日大経営者と結んで日大全共闘幹部に危害を加えた体育会部員がいたと言う噂である。あくまで噂である。私はその真偽を知らないし、確かめるすべも持たない。

ただ、その体育会部員は生存していて権力の頂点にいるとの噂もある。この部分は、私にとやかく言う権利はない。噂に乗って無責任はデマを飛ばせば、それは犯罪である。

私の言いたいことはひとつ。

 

『真面目な若者の未来を奪うな!』

である。         

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                        【以上は私見である。】

 

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            【以下のWikipediaの記述は事実である】

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紛争(闘争)は、理工学部教授が裏口入学斡旋で受領した謝礼を脱税していたことに加え、国税局の調査で日大当局の莫大な使途不明金が明るみに出たことで、学生の怒りが爆発したことに端を発する。

学生らの抗議運動は、経済学部生の秋田明大を議長とする日本大学全学共闘会議(日大全共闘)を中心に、一般学生や教職員組合、父兄会をも巻き込み、全学的な広がりをみせた[2]。同年9月には学生側が大衆団交を通して、古田重二良会頭を筆頭とする当局に経理の全面公開や全理事の退陣を約束させた。しかし、まもなく当局はこれを反故にして、全共闘が封鎖している校舎の解放を警察に要請。学内に警視庁機動隊が投入される[3]