友人の大漫画家と< 正義の大東亜戦争の話をしよう >

アジアを解放した大東亜戦争―連合国は東亜大陸では惨敗していた

 

 

 

車の燃料計と言えば、父親がメーターが半分くらいを指すとすぐ給油していたのを思い出す。
 
「まだ、半分も残っているのに、なんで入れるん?」
 
と問うと、
 
「もう、半分しかないと思うとこの先いつガス欠になるか心配や。」
 
と言っていたのを思い出します。
 
「ここは北海道か?」
 
などと突っ込みを入れずに、いつからそうしているのかと聞くと
軍隊にいた時、仙台の航空隊に入って車の運転中にガス欠して動けなくなって
殴られて以来だと言っていた。

 

 

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戦争末期には燃料タンクの小さいゼロ戦もその弱点が米軍に知られて燃料不足でよく落ちた話なども例に挙げ、父親には燃料のない乗り物は危険だという観念が染みついていたみたいです。
 
 生死に関わる体験って強烈なんでしょうね。
 
あとワインディング・ロードの運転は肘を張って腕を伸ばして突っ張るようにすると車輪が安定するとかもよく言っていた。田舎のでこぼこ道や山間の曲がりくねった道で空襲を受けた時、そういう条件の悪い道を高速で走っていて、同僚が空から撃たれて逃げきれず車が爆発したり、谷底へおちたりしたことがあったそうです。
 
 
 

戦場まんがシリーズ 衝撃降下90度 (少年サンデーコミックス)

 

 

 凄いな。御父上カッコいい。松本零士の戦場漫画みたいや。
 
何しろ、仙台は陸軍航空隊がいたのでよく米空軍の攻撃を受けたそうです。
 
父親がいつも運転していたのは通称ブルドッグという日産車だそうです。
 
ブルドッグは敵性外国語だろうと指摘したら、戦時中でも仙台の航空隊は普通に外来語で発音していたそうです。敵機がきたらグラマンだと言い、爆撃機が来たらボーイングだと言い、ランニングするという言い方なんか日常的に使っていたらしい。
 
機種名は仕方ないのではw(米さんはゼロとかオスカーと英語で呼んでいたようですが)。
 
 

 

帝国陸軍戦場の衣食住―糧食を軸に解き明かす"知られざる陸軍"の全貌 (〈歴史群像〉太平洋戦史シリーズ (39))

 

 
変な日本軍だ。映画なんかとは、ずいぶん話が違うで。

 

 

 

日本陸軍航空隊のエース1937‐1945 (オスプレイ・ミリタリー・シリーズ―世界の戦闘機エース)

 

 

 
 
実際は違っていたみたいですね。戦後のマスコミの画一的な擦り込み効果。英文科は普通に授業していたらしい(敵性語なので、捕虜への尋問とかスパイ行為とかのためそれなりに理解が必要)ですし。

御大と御父上の関係は羨ましいくらいイイ関係ですな。理想的。