つげ義春さん生と死について

無能の人・日の戯れ(新潮文庫)

老いてくると人は自分の死ぬ瞬間を想像することや、自分の死後の家族の態度を想像するものだが、

翻って自分が生まれた瞬間や生を授かった頃の事はあまり考えない。

物心ついて以降の事にしか興味を持たないのは皆同じだろう。

 

しかし、つげさんは父母の流転のせいで、自分にとって縁もゆかりもない土地で生を授かった事を知って胸が悪くなったと言う。

 

自分が生を授かった事が偶然であり、ひどく根拠の薄いものに感じられたからだろう。ともあれ、つげさんの人格や作品のすばらしさばかり見ているボクにとっては余り気にならない。

だけど、つげさんならばこそ、自分の死の瞬間のみならず、生を受けた頃の事にもこだわるのだろうと思う。