「あの『ケイさん』のだんなさんですよね?」
北海道旅行の翌年、ケイちゃんは結婚した。二十歳だった。
だんなが職場の女性からケイちゃんの後輩だと聞かされたのはそのころだった。
「ケイさんって、美人で県内じゃ有名な陸上選手だったんですよね?」
美人は、感じ方によって人それぞれだし、妻が有名な陸上選手だったということも
だんなさんは初耳だったので「え、人違いだろ」と言った。
すると、後輩はさらに「いえ、間違いないです。ケイさんの旧姓はイソノさんで、大型二輪の免許持ってますよね。笑うと右のほっぺに片えくぼができて、、、、。あと曲がったことが嫌いで、、、、。」
だんなさんは後輩は何を言ってるのだろうと思った。確かに妻の旧姓はイソノだし、バイクの免許も早かったし、片えくぼも毎日見てるし、性格的にはきつい所もあるけど、、、、。「美人で有名な」はおかしいだろうと。
「なんか伝言があるなら伝えとこうか?」
「私、高校の時、いじめにあってて、ケイさんに助けてもらったことがあるんです。お礼の手紙を出したこともあります。返事はもらえなかったんですけど。」
だんなさんは、うちに帰ってからケイちゃんにその後輩の話をした。ケイちゃんは、ずっと考え込んでいた。後輩の名前を聞いても思い出せないみたいだった。
「なあ、誰だか思い出した?」
また、しばらく考えてケイちゃんは言った。
「全然、わからん。」
そして、こう言い放った。
「美人で有名な陸上選手で大型二輪持ってて正義感が強くて弱い者の味方?そんな人間いねえわ‼若い時は皆自分のことで精いっぱいだし‼そんな歯の浮くようなお世辞を言う人間なんか信用できない。」