銀行の話③〈多重債務者の転落人生とボクの失敗〉

 

ボクがまだ、銀行員だった頃の話だ。身なりの良いサラリーマンがローンの申し込みに来店した。上品な紺のスーツを着た男性だった。当時、ボクはまだ20代で、地方銀行のローン担当者だった。

その男性は窓口を訪れ300万円のローンを申し込んだ。勤務先、年収、信用情報の照会結果など、いずれも問題なく審査は通過し融資は実行された。

しかし、驚いたことに、翌月の第一回目の返済日から、延滞となった。当初、何ら不審感を抱かなかったボクは驚愕し、そして不安になった。このままでは担当者としての責任が問われる。

電話は繋がらない。止むを得ず、〈彼〉の勤務先を訪問した。すると、とんでもない〈彼〉の裏の顔が分かったのだ。

〈彼〉はなんと半年も前に退職していた。ローン申込書は虚偽で、所得証明書も過去のものだった。現在は失業中と言うことになろうか。しかも、辞めた理由が博打好きが昂じて高利の金融に手を出し、会社に取り立て屋が押し掛けた為であると言う。

ボクは次に、〈彼〉の自宅を訪問した。近隣の人の話では妻は半年程前に家を出たらしい。そして朝晩、自宅前に某葬儀社の車が止まっていると言う。

ボクは、その葬儀社を訪れた。社長が〈彼〉について語ってくれた。筆者の不安は的中した。〈彼〉は博打で多額の借金を背負い、家族にも愛想を尽かされ、職も失い、途方に暮れていたところを葬儀社の社長に拾われたのだ。

その日、銀行のシャッターが降りる3時前に葬儀社の制服を来た〈彼〉が現れた。彼は泣きながら言い訳をした。妻が家を出て自分は体調を崩し働けない時期があったとか、友人に騙されて金を返して貰えない等と、しきりに不可抗力を主張する。

しかし、どれも言い逃れにしか聞こえない。まだ、博打を止められないのか、他に借金があるのか〈彼〉の人生は、ますます、転落し続けているように見えた。髪も髭も伸び放題で、ことさら憐れみを買おうと演技をして返済を待って貰いたいと泣いて見せた。

 

ところが、その夜。仕事帰りに銀行の先輩と立ち寄った飲み屋で、酔って騒いでいる〈彼〉にばったりと出くわした。ボクは激昂して思わず〈彼〉を殴りそうになった。そんな筆者を先輩が押しとどめた。「酒くらい飲ませてやれ」と。

怒りの収まらないボクは、〈彼〉は銀行を騙して借入し、飲酒する金があるのに、借りた金は返さないけしからん男だと言うと、

先輩は「騙された君にも責任がある」と言った。世の中には、借金が増えるだけ不幸になる人がいる。君の融資判断ミスのせいで〈彼〉は300万円分だけ不幸になったと言うのだ。〈彼〉は、バツの悪そうな顔をしながら、ボクと先輩に頭を下げて店からそそくさと出て行った。

 

その後、〈彼〉の延滞債務は銀行の管理を離れ債権買い取り会社に譲渡された。〈彼〉がなぜ莫大な借金を背負いながら博打にのめり込んだのか、定かではない。

ボクには偽装を見抜けず貸し付け、彼をさらに不幸にしたことを後悔することだけしか、できなかった。