銀行の話⑩〈落語研究会出身の新人銀行員に余興を強いるバカ支店長〉



4月になると銀行の社内報で各支店に配属が決まった新入銀行員達のプロフィールが掲載される。有名国立大学出身だとか、留学経験ありだとか、インターカレッジで活躍したアスリート等と華やかに各自の経歴が披露される。

A君は関西私立大学の名門落語研究会のOBだった。彼の日常は特にひょうきんでもなく、他人を笑わせようという姿勢もなかった。それは当たり前のことだが、A君は落語という芸能が好きで興味があり、大学4年間の期限内で落語の奥深さや伝統に触れたかっただけなのだ。別に、プロのお笑い芸人になりたかったわけではない。

むしろ、普段の彼は、そういう「クラスの人気者」、「ムードメーカー」というイメージとは程遠かった。寡黙で、順法精神に富んでいて、真面目に人生を生きるタイプだった。お笑いや落語などに興味を持っている人で、そういうタイプの人は、決して少なくない。

ところが、浅はかな心得違いの人たちはどこにでもいるものだ。運悪くA君が新入で配属になった店の支店長がそういう愚か者の典型だった。トップがその有様なので、取り巻きの「バカリーマン」連中は推して知るべしの馬鹿が揃っていた。

銀行内で催されるくだらない宴会の度に、支店長と愚かな取り巻きはAに二言目には「落語をやって見せろ」と強要し、A君が彼らの期待に沿わないと、これまたその都度、罵倒した。

日頃、大人しいA君がそれほどまでに人前で落語を演ずるのを固辞するのなら、その心中をおもんばかってやってこそ本当の上司というものだが、下衆で蒙昧な支店長とその取り巻き連中に解るはずもない。

 「上司の命令が聞けないのか。」
 「本当は落研出身じゃないんだろ。」
 「芸人の真似くらいやれないのか。」

などと口汚くA君を責めた。

そういう出来事があった後、A君は依願退職をした。同じタイミングで銀行本部各部宛てに複数の告発状が郵送された。そこには、A君のいた店の支店長とその取り巻きバカリーマン連中の行った複数の違法行為、不正、犯罪行為の告発が為されていた。間もなく本部からの臨店があり、支店長達は処分された。

 

この事件を思い出すにつけ、ボクは銀行と言う職場の理想と現実のギャップに苦しみ、転職せざるを得なかった若者に同情の念を禁じ得ない。