ザ・プロレスラー37グレート東郷 〈『悪役レスラーは笑うー「卑劣なジヤップ」グレート東郷ー』を読む〉

著者の森達也さんは1956年生まれでリアル・タイムではグレート・東郷を見ていないと言う。

さもありなんと思う。見たことのある人なら決して発想しないだろうと言う点がある。それについては、後述する。

 

森達也さんは、なんとかグレート・東郷の実像に迫りたいとありとあらゆるコネクションを使ってグレート・東郷に関係のある(と思われる)人物にインタビューを申し込んで行く。

しかし、東郷ことジョージ・カズオ・オカムラについて公表されている事実以外のことを知っている人には、なかなかたどり着けない。最後にアメリカの国勢調査に当たるペーパーを在米のプロレスマニアから入手するが、そこには、ジョージ・カズオ・オカムラの出自の詳細については記載がない。

森さんは、取材から得たひとつの仮説があって「ジョージ・カズオ・オカムラの母親は中国人ではないか?」と言うものだった。そして、それが彼をして、悪役レスラー「卑劣なジヤップ」グレート東郷を演じさせた理由ではないかと言う。

ボクは申し訳ないけど、この仮説にはあまり興味がない。けれど、森さんはきちんと取材をして裏付けをとって一個一個のエビデンスの上に仮説を構築して行く。ボクはジョージ・カズオ・オカムラの出自に興味がないだけであって、この目でグレート東郷をブラウン管の中だけとはいえ、リアルタイムで見たものとして、東郷が当時ボクに与えたインパクトは忘れられない。

 

さて、実際にグレート東郷を「見たことのある人なら決して発想しないだろうと」いう点だが、ボクは子供の頃、グレート東郷を見ている。妻の母も見ていたそうだ。「額から、血が滝のように流れて、肩を怒らせながら、にやにや笑っていたのを覚えている。怖かったねえ~。」と義母は言った。

 義母は、グレート東郷を「怖かった。」と見ている。ボクは、率直に言って「凄い。」と感じた。凄いは「強い。」とも「かっこいい。」とも似通った印象であった。これだけ殴られて、だらだらと血を流しながらにやにや笑っていられる東郷を「凄く強くてかっこいい人」として受け入れたのである。これはもう理屈じゃなく、見たまんま無条件で、感じたものであって、だからこそ、グレート東郷の出自や生い立ちや母親の国籍には関心がないのである。

森さんの本は凄い。日本、ハワイ、アメリカ本土にまで取材の輪を広げ、徹底的に、一個の人間、人間ジョージ・カズオ・オカムラの生まれからその人生を洗い出そうとした。その点において素晴らしい本を書かれたと思う。実際にグレート東郷を見ていないからこそ、生まれた発想だったのであろうと、ボクは思う。

悪役レスラー「卑劣なジヤップ」グレート東郷の「血を流しながらにやにやと笑う」ありさまは、例えようのないくらい凄かったのだ。

ボクの頭には「人間ジョージ・カズオ・オカムラ」の出自に思いを馳せるほどの余裕はなかった。ただ、ただ、「流血してもなお平然として笑う悪役グレート東郷」のギミックに夢中だった。