〈ボクの自慢〉同級生に漫画家がいると言うと聞いた人は皆「おーっ!」と驚く。

 

ボクには大学時代の同級生で、今も付き合いのある漫画作家がいる。最近は編集の仕事や絵本の制作をしているらしい。

「自由業だから、来た仕事は絶対に断らない。なかなか厳しい。」
と謙遜する。

ボクは永年、田舎の地方銀行に勤めたから、自営業者の金融機関の借り入れ審査が厳しいことをよく知っている。
それは実はボクを含めた金融機関の融資審査能力の未熟さと偏見によるものなのだが、友人は、職業欄に「漫画家」と書いて銀行の住宅ローンの審査に堂々と合格した。
僕なんか自分の勤務する銀行に住宅ローンの申し込みをして、職業欄に「当銀行職員」と書いたのに、一回目の住宅ローンの審査は不合格になった。理由は、クレジットの延滞一回と前年度の年収不足によるものだ。なんと情けない銀行員であることか。


友人は、なかなか交友関係が広い。自分がいまだに業界でいられるのは友人知人のおかげだと言う。業界の人はもとより、プロスポーツ関係者、芸能人、医者、弁護士、税理士、警察官僚、政府関係者に至るまで交友関係は広い。困った時に適切な助言や支援をしてくれる人がいると言う事は彼自身の人徳によるものだ。
こう言うと、彼はまた謙遜するか、照れるかに違いないがこれは事実だ。


「君は、いいよなあ。『印税生活』なんて夢みたいだ。」

とボクが言うと彼は大笑いした。そして、彼の業界がそんなに甘い世界ではないと言う事を説明してくれた。彼の謙遜かと思ったが、漫画家は大まじめに話してくれた。

ある時、ボクは図書館で彼の本を見つけた。それは『競売物件の賢い購入方法』という内容のノウハウ本だった。当時、銀行で民事執行手続を担当していたボクには最適の教科書だった。書店に問い合わせたが、既に絶版になっていた。後に彼は、「本名で出したのはあの本と絵本くらい。」と言った。

なぜ、ペンネームにするのかと尋ねると、エロ本作家だからと謙遜した。彼にそのペンネームで描いた本を数冊もらったことがあるが、とてもエロ本などと言う表現は似つかわしくない。多少、艶っぽい表現はあるものの、上品な色気が感じ取れる。

実際に同業の漫画家にも彼のファンがいると言うし、彼の住宅ローンの申し込みの前年辺りは随分、彼の作品はブレイクしたのではないかと思われる。金融機関の住宅ローン審査は前年の所得証明書のみが年収の判断材料であり、返済力の判定に使われるからだ。

ともあれ、田舎に帰った時、ボクは同級生の漫画家の自慢ばかりをしている。僕自身には人様に誇れる点はひとつもなくても、村の人たちに大威張りでこの漫画家の話をして意味もなく誇らしい気分になっている。