マサ斎藤がリングに帰って来た。
ロープも自力では跨げない。
若手レスラーに肩を支えられての入場。
リングには椅子が用意された。
(なんだ‼それはっ!斎藤先輩に失礼だろう。)
セコンド、付け人、新日プロ社員、身内、友人、ファン、みんながハラハラしながら見ている。

その時、十三日の金曜日、ジェイソンのマスクをした大男がビニール傘を持ってリングに乱入‼
(13金のギミックなのだが、新日プロでは、『海賊男』と称している。アメリカのワーナーから告発されるはずもないのに。)

傘でマサ斎藤のノドを突く。
拳で顔面を殴る。
倒れたマサ斎藤に蹴りを入れる。

会場のファンから斎藤コールが起きる。
マスク男は歌舞伎役者のように見栄を切り、ファンに罵声を浴びせる。
マスク男はマサ斎藤にらみつける。

ボクにはマスク男が誰か分かった。
見ていて涙が出た。プロレスラーはなんて優しく荒っぽいのだろう。
病を負ったプロレスラーに対してラフファイトの演技ができる選手は日本には一人しかいない。
 
ファンを前にそれをやってしまうと業界のルールを世間に暴露してしまうことになりはしないか?
古くはそれを八百長と呼び、現在では、フェイクやギミック、アングルとケースによって呼び変えている。
しかし、マスク男は百戦錬磨のプロレスマスター。そこの見えた底なし沼に斎藤を引きずり込もうとしている。
 

涙でテレビの画面が見えない。

マスク男は、律儀にマサ斎藤の反撃を待っている。
長い時間をかけてゆっくりとマサ斎藤は起き上がり、ファイティング・ポーズをとった。
スローモーションのようなマサ斎藤の左ストレートがマスク男の顎をかすめた。

大男は大げさに痛がってリング上にひっくり返った。
上半身だけ起こして、手をいっぱいに広げ、命乞いのポーズをとる。
それに構わずマサ斎藤が詰め寄った時、マスク男はすっと立ち上がり、自らマスクを取った。

武藤敬司だった。武藤はふらつくマサ斎藤の身体をぐっと抱きしめて斎藤に何か告げた。
斎藤がうなづくと、武藤は目に涙を浮かべ、斎藤の手をぐっと握りしめた。
武藤らしいマサ斎藤激励のためのパフォーマンスだった。

パーキンソン病に侵されながら、プロフェショナル・レスラーとしての矜持を見せつけたマサ斎藤の最後のリングとなった。2018年7月14日永眠。75歳だった。

本名斎藤昌典。明治大学卒。座右の銘は "GO FOR BROKE"だ。(第二次世界大戦中、在米邦人の二世で編成された部隊は、父母の祖国と戦うことを許されず、ヨーロッパ戦線に派兵された。彼らの合言葉が "GO FOR BROKE")