銀座乱闘事件〈 拳闘家が凶器を持った反社を瞬殺 〉

真夏の銀座の夜、ちょうど歌舞伎座のはす向かい辺りで事件は起こった。

「 喧嘩だーっ‼ 」と誰かが叫んだ。

声の方を見ると拳を握って構える青年とまわりを一目で反社と分かるチンピラ風の数人の男が取り囲んでいる風景が目に飛び込んで来た。反社は五人だ。全員ナイフを握っている。素手の青年の後ろに小学校低学年くらいの男の子がいる。危ないなあ。子供がけがをする。

「病めろ!警察に通報したぞ‼」ボクは思わず、嘘を言った。

「何をー‼殺されてえのか‼」反社の一人が振り向いてボクに向かってわめいた。その瞬間、青年はわめいた男のあごにストレートを打った。ぐっと叫んで反社が崩れ落ちた。青年は倒れた男を見もせずに次々と反社の男たちに拳を当てた。あっという間に青年の足元には気絶した男たちが転がった。ちびの小学生は泣き出した。青年は小学生に向かって「よしよし。もう終わった。泣くな。泣くな。」となだめていた。

 

誰かが110番して本当に警察が来た。その時初めてまわりでケンカを眺めていた群衆から拍手が沸き起こった。拳闘青年がボクの所に来て「ありがとうございました。声かけていただいて助かりました。」と礼を言った。「いえいえ。何にもできなくてごめん。」ボクは恐縮した。

青年と小学生も反社とは別のパトカーに乗せられてその場から去って行った。

 

ボクが見たのはそれだけだ。新聞にもニュースにも載らなかった。不思議だ。あれだけの武勇伝。本人が言わなくても、必ず噂は広まるはずなのに。

それから、一週間ほどして新聞の片隅にこの事件の記事が載った。

「元五輪拳闘選手暴力団員五人を倒す」

青年は正当防衛が認められたと言う。