一年前のちょうど今頃から再就職ためにハローワークに通いだした。
その時すでに71歳。
ハローワークの担当さんは私が健康のために再就職を望んでいると思っていたらしい。
私は生活が苦しいので仕事を探していると告げた。
ちょっと重い人物と思われたみたいだ。そして事実だが貧乏な人と思われたらしい。
一年間で官民合わせて25社くらい受けている。
現在の病院がバイトとして採用を許可してくれたのが24社目にして初めてだから一年間で23回、不合格の判定をされたことになる。24社目で私を採用してくれた病院に入職することを決めていたが、ハローワークには受験だけしますと告げた。それが受験票を送付してくれた最後の受験先、市の公民館と紹介状を書き続けてくれたハローワークへの礼儀だと思った。
そして、25番目の受験先公民館も不合格となった。ハローワークには最後の不合格結果を連絡して、一年間の支援のお礼を述べた。担当さんは60歳前くらいの女性の方だが、いくら仕事とは言え、私のような老兵をよくサポートしてくれた。つくづくありがたいと思う。
官民いろいろ受けたが、官では、法務局会計課、県民局港湾課、法務局不動産登記係、
法務局戸籍係、年金事務所(社会保険事務所)、財務省地方局、税関地方事務所、地方裁判所書記係補助、地方裁判所会計係補助、国税局、県工業水道局、県民局税務課、市税務課、市国民健康保険課、市図書館、市体育施設管理、市公民館。等。
民では、病院、不動産仲介業2社、不動産売買会社2社、生花業小売り業、酒造業、農園業。等。
よくもまあこれだけ不合格になったものだと呆れる。不合格通知や電話をもらうたびにハローワークを訪ね、自分で調べたり推薦してもらった先にアポして面接に通った。
必ず面接で問われたのは、
「銀行を退職してからなぜ10年以上も再就職せず70歳過ぎて働こうと思ったのか?」
であった。
「家族の介護のため専門病院を探し転地療養してコロナ前に寛解のお墨付きをもらって帰郷した。家族は安定したので私も働きに出てもっと頑張ってみたいと思った。」
こう説明した。
必ず尋ねられるので十回も面接を繰り返すうちに介護の部分をすらすらと説明できるようになってしまった。裁判所の女性の面接官は私に同情して涙ぐんでいた。この時私は浅ましい考えを起こした。今回は合格かなと思った。しかし不採用だった。開示請求しなくても不採用理由は他と一緒だと理解できた。
事務能力の低さと高齢が理由であろう。世の中はそんなに甘くない。私が試験管でも不採用にするだろう。
さて病院では、後日、歓迎会を設けてくれたので面接を担当してくれた二人の上司に採用理由を尋ねた。
二人は採用面接のときのようにニコニコしながら答えてくれた。
「一番最初に応募書類が届いたから。」
「第一種衛生管理者を持ってたから。」
採用権者の事務長にも尋ねた。彼も笑顔で言った。
「あの二人が採用すると言ったから。」
3人の上司には頭が上がらない。
私は大学の「労使関係論」の教授が最後に言った言葉を思い出した。
「この一年間、労働三法だの、ヒューマンズ・リレーションだの、雇用と賃金だのと難しそうに申してまいりましたが、皆さんが職場に出て一番大切なことは『明るいあいさつと健康な笑顔』であります。たとえ、困難なことが起ころうと、この二つで必ず乗り越えていくことができます。私の授業内容は忘れてもこの二つは生涯大事にしてください。」
この授業は受講生全員がスタンディング・オベイションして拍手はしばらく鳴りやまなかった。
私は三人の上司の笑顔で50年ぶりにあの教授の言葉を思い出していた。
