52・12・8蔵前の戦慄

昭和30年代後半、恐怖の密林男グレートアントニオは神宮球場絵画館前にて鎖で繋がれた乗客を乗せたバスを引っ張ると言うデモンストレーションを行い、プロレスファンの度肝を抜いたが、慢心して興行中に傲慢な行動を取り続けた為、ある地方都市の試合後外人組控え室で仲間からリンチを受け、傷心のまま、帰国した。

約二十年後、新日プロのリングに登場したグレートアントニオは傲慢な態度の勘違い男そのままで、レスリングをせず、ただ、己れのずば抜けた体格と腕力のみを誇示し、猪木と噛み合うレスリングをしようとしなかった。

猪木は、グレートアントニオの真意を図りかねていたが、堪忍袋の緒を切らし、ついにナックルパートを繰り出し、倒れたグレートアントニオの顔を蹴り、踏みつけにした。
文字通り顔を潰されグレートアントニオは契約放棄して残りの興行に参加せず帰国した。

後に12・8戦慄の蔵前国技館と呼ばれるアントニオ猪木のグレートアントニオに対する公開リンチ事件である。

ボクは、この試合を見ていたがしまいには、「バカ野郎!金返せ‼」と怒鳴ってしまった。もちろん、レスリングをしなかったグレートアントニオに向けてである。猪木はああするよりほかに方法はなかった。猪木にはまことに気の毒な失敗興行だった。