目をこすっても、影は消えない。手術は早い方がいいと言われ、手術の日が決定した。
失明の恐怖で声がでない。
この時が初めて身体にメスを入れた時だった。
後に、交通事故で断裂した足の靭帯縫合や心臓僧坊弁置換等で大きな手術を経験するのだが。
眼球にメスを入れられるなんてとんでもない。恐ろしい。絶対に嫌だ。失敗したら、もちろん失明する。このまま、自然に治らないのか?薬で、治したりできないのだろうか?
ボクは、悩みに悩み、迷いに迷い、暗夜行路状態だった。
しかし、ドクターに言われ、ハッとした。
「ほっといたら、見えなくなるよ。手術はすぐ済むよ。オペ中は、好きなCDをかけるから、患者さんはたいてい、いい気持で寝てしまうけどね。一週間したら眼帯もとれるよ。安心して。」
極論を言うと、別に、ボクが失明してもドクターは困らない。なのに、ドクターは、ボクのために一所懸命にボクを安心させようとしてくれている。
「ボクは、ここの眼科には世界一の眼科医がいると思います。先生、手術してください!」
「んな、大げさな。」
ドクターは、笑いながら、それでも、ボクが渡した手術の時にかけるCDについて、矢沢永吉の曲は却下した。
「ロックは手術には、むかないよ。」
そして、手術は終わった。もちろん成功した。その後、ボクは何の不自由もしなかった。
これは、手術後の余談だけど、この時、ボクは右目は眼帯だし、左目も弱視乱視でぼんやりとしか見えない。なのに、担当のナースがたいへんな美人だったらしい。
付き添った家の女が、最初に、「すっごいキレイな子!お父さん、残念やね。目がみえなくて。好きなタイプなのに。」と言った。
次に、当時、調布のにっかつの撮影所から、見舞いに駆けつけた伜が、「女優みたいだ。」と感想を言った。
それから、会社の同僚らが、毎日、ひっきりなしに、入れ替わり立ち替わり現れた。
うっとおしくなったボクは担当ナースを替えてと頼んだ。婦長におバカな同僚が仕事もせずに病室で騒ぐので困っていると話した。
婦長推薦のナースは、何でも手際よくこなすし、気遣いもうまいベテランだった。
彼女に交代した日から、同僚のおバカどもはピタリと来なくなった。ベテランナースが彼らに来るなと言った訳じゃない。
前任者と少しだけ異なるタイプだった。体重は80kg超のヘビー級で武蔵丸関に似ていた。
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