前澤さんや堀江さんが宇宙への夢を叶えてくれる件について


1957年ころソ連は犬をロケットに乗せて宇宙に送り出し、そのまま人工衛星として地球を周回させるという風な実験を何回か行っている。子供のボクには理解不能な事件だった。

犬がかわいそうじゃないかと母親に泣きながら訴えていた記憶がある。ソ連という国はつくづく冷徹な人々の国だと思った記憶がある。六十年以上も昔のことである。

その後、ソ連による人類初の有人宇宙飛行やアメリカの月面着陸などがあったが、莫大な費用が掛かるため、米ソの宇宙に対する科学競争は途絶えた。いつしか、宇宙旅行というものは国家プロジェクトというよりは、民間の超富裕層たちが追求する夢物語に形を変えてしまった。

ボクはそれでいいと思う。国家が宇宙開発に莫大な費用をつぎ込んで国家そのものが疲弊して国民が貧しい生活を送るよりは、超セレブの人々が自己資金で自己責任でそれなりの周到な準備の下に夢の追求をするなら、そのほうが良いと思う。

夢の実現は国家が果たせなくても別に良いと思う。前澤さんや堀江さんがそれを実現してくれてもいいんじゃないか。誰にも迷惑をかけず、宇宙へという人類の夢を叶えるなんて、素晴らしいじゃないか。

 


ボクが小学校の三年生の時、同級生の女の子が亡くなった。赤ん坊のころ、ヒ素ミルクを飲んだ時期があったとかで、体が弱かった。体育はいつも見学していた。ボクたちの住んでいた地方は特に被害の多い所で、クラスの数人は被害者だった。かわいそうだった。

その子のお葬式の後、担任の女の先生が教室で泣きながらボクたちに言った言葉が忘れられない。

「〇〇ちゃん。可哀そうに。生きていたら、科学が進んで、やがて人間は月旅行だって、宇宙旅行だって行けるような時代が来るかもしれないのにねえ。そんな時代を見ずに死んでしまって、本当に可哀そう。」