少年時代の僕達に夢と希望を与えてくれた空手チョップに黒タイツ、ああ、涙の力道山。そういう歌が昔、ヒットした。これをコメディソングとして聞けなかった。ボクはいつも力道山の面影をリングに求め探していた。やっと物心ついた頃にうちにテレビジョンの受像器が届き、初めて見る白黒画面には、上半身裸の男たちが殴りあい、蹴り合い、ぶつかり合っていた。
「あっ!?大人が喧嘩している!」
生まれて初めて見るテレビのプロレスは強烈な印象をボクに与えた。
その日から、ボクのヒーローは月光仮面に力道山が加わった。
テレビドラマの「チャンピオン太」に力道山が出ていた。アメリカから、はるばるやって来た恐怖のインディアンレスラー「死神しゅう長アントニオ」というヒールが登場した。ひょろ長いが力道山より背が高く、それなりに強そうで顔のペイントがクレージーだった。力道山は強く大きな正義のヒーローらしく死神しゅう長アントニオを一蹴した。後でこの悪役レスラーの正体が力道山の付き人だと知ってがっかりした。
力道山が死んでから豊登が後継者の役目を果たそうとしたが世間は認知しなかった。とてもむりだった。そのうち、日本人離れした無敵の長身レスラーがアメリカから帰国した。強くて若くて躍動する長身レスラーを「東洋の巨人」とテレビアナウンサーは絶賛したが、ボクのヒーローではなかった。
蹴られ、殴られ、流血して、立ち上がれないほどボコボコにされ、堪忍袋の緒が切れて怒り爆発、猛反撃。空手チョップ一発で大逆転の力道山。放送時間をきちんと守ってカウントスリー。今日も勝ったぞ力道山。こういうアングルが大好きになってしまった。
以来、ずっと力道山の面影を幻影を探し続けるようになった。しかし、アメリカ帰りの長身レスラーは「大逆転の起爆剤」怒りの表情に乏し かった。ボクの近所にいた体の不自由な高校生の兄ちゃんが、自宅の階段を足を引き摺りながら、毎日浮かべていた苦悶の表情を連想して可哀想だった。ラッシュする前のあんな悲しそうな表情は力道山は決して見せなかった。チビッ子のボクは力道山から「覚悟を決めた時の男の顔つき」を刷り込まれた。
ワールドリーグ戦で、死神しゅう長アントニオを演じた元付き人が優勝した。ボクは「もう、プロレスを見るのはやめよう。」と思って10年くらい見なかった。戦後、進駐軍と共にやって来た「脱脂粉乳」は敗戦国の小学生児童の栄養補給食としてむりやりボクらの給食に登場した。元付き人レスラーのワールドリーグ戦初優勝は、それに近いものがあった。
テレビ局の企画で無理矢理与えられたヒーローには、力道山の「怒りの表情」も「大逆転の空手チョップの威力」も見られなかった。無理矢理与えられた「脱脂粉乳」だった。