作品「妖刀村正」、「一番首」、「船島余話」というオムニバスである。
このうち武蔵自身が登場するのは「妖刀村正」、「一番首」の二作品である。
ちなみに二作品とも武蔵の顔、要望は全く別人然として描かれているから、
ちなみに二作品とも武蔵の顔、要望は全く別人然として描かれているから、
連作と言うのかなんか、素人のボクには不詳だが、同一主人公が次々
と別の作品に登場していくと言った仕立ての作品とは違うようだ。
ロックとかアトムとかコジローやランプなんかがそうだ。
横山光輝さんの天魔野邪鬼なんかもそうだ。
「妖刀村正」、「一番首」の二作品では、武蔵は単なる狂言回しとして
描かれていて、作品としての妙味は「妖刀村正」の神秘性と、
「一番首」では戦国時代の合戦場での死の恐怖について
武蔵の目を借りて表現している。
「船島余話」では、武蔵死後の物語が描かれる。
武蔵の養子と小次郎の縁者が偶然にも、同日の同一時刻に
決闘の跡地船島に上陸して戦う意思、争う理由のないまま、
武蔵小次郎戦を再現してしまうというストーリーだ。
(勝敗の結果はボクは書かない。書くと柘植さんの
漫画の価値が下がってしまう気がするからだ。)
この時代は、つげさんは貸本主体で貧乏だったと聞くが
作品を読む限りでは、気力体力とも充実していた時期のようだ。
この時代の作品をもっと読みたいのだが、
原稿が現存してないそうだ。作品は多いのに原稿が
一つも残っていないのは貸本出版社が貧乏で倒産が
日常的だったからかもしれない。非常に悲しい事だ。