ctokutaのブログ

明るい笑顔

徳富蘆花からトルストイの妻への手紙

1910年、ついに家出を決行するが、鉄道で移動中悪寒を感じ、家出3日後に小駅アスターポヴォ(現・レフ・トルストイ駅)[map]で下車した。 1週間後、11月20日に駅長官舎にて肺炎により死去。 82歳没。 葬儀には1万人を超える参列者があった。
☆     ☆     ☆
 
徳富蘆花はロシアの文豪トルストイのファンで
トルストイの実家を訪ねるほど彼の信奉者であったが
家出の果て死亡したトルストイの死を悼み、
トルストイの妻に向かっては物凄い恨み言の羅列を
綴った手紙を送った。
 
トルストイを死なせたのはあなただ。
ノーベル賞金の辞退、著作権の放棄など
 彼の意思を妨げるべきでなかった。
③彼が家出する前に奥さんが折れるべきだ。
 
 
115年前の話。
明治時代のことだ。
夫婦喧嘩の果てに家出して小さな駅で死んだ。
ロシアの、世界の文豪、大トルストイにして
こういう人生最期のあり方。
 
いつの世でもどこの国でも夫婦喧嘩はつまらない。
トルストイ夫妻も妥協し合えばそこそこ健康で
幸せに生きられたはずだ。
 
徳富蘆花はよっぽどショックだったらしく、
徳富健次郎(本名)の名前で書いたエッセイ
「みみずのたはこと」
(取るに足りないような小さな虫のミミズの
戯言と言うほどの意味か?)の中でトルストイ
妻に宛てた手紙の全文を載せている。